30分で学べる世界史まとめ

歴史科目はストーリーを把握することが重要です。細かい知識はその後です。そこで細かい年号や用語は極力省き、世界史を一挙に駆け足でみていくことにします。

世界史まとめ

世界史を学ぶポイント

「世界史」は「世界の歴史」です。歴史科目ではあるが「世界」を学ぶ地誌的要素を含んでいます。歴史が時の流れに沿って出来事をみる、いわば縦軸とすれば、地誌は諸々の地域の特色をみる横軸です。日本史は縦軸だけをみる一次元の「線」ですが、世界史は縦軸と横軸両方をみなければならない二次元の「面」です。時の流れを追いつつ同時代の他の地域はどうだったのかもみていく必要があるので話が複雑になります。覚えることも当然増えます。ここに世界史を学ぶ難しさがあります。

そこで最初はなるべく単純化してみていく必要があります。

まず世界史全体を近代の少し前の近世で区切り、近世より前は時の流れ(縦軸)を重視して地域単位で歴史をみます。「世界史」というより「地域史」です。近世より前は地域間の結びつきが弱いので素直に時の流れにそってみたほうがわかりやすいです。へたに古代・中世などのように時間で区切ると、流れが途切れてわかりづらくなります。

逆に近現代は地域(横軸)を意識して、時間単位で欧米を中心にしつつ他の地域の歴史もあわせてみていくことにします。文字どおり「世界史」です。近現代は欧米を中心に地域間の結びつきが強くなります。欧米を引っこ抜いて他の地域史をみてもあまり意味がありません。同時代の欧米と他の地域との関係をみることに意義があるのです。
世界史まとめ

近世以前

(1)先史、古代オリエント、古代ギリシャ・ローマ

〇先史時代
ここでは、直立二足歩行⇒道具(打製石器など)、火の使用⇒ホモ・サピエンス(現生人類)の誕生⇒磨製石器の使用・農牧の開始⇒定住化、集落の成立⇒交易、戦争⇒都市国家の誕生、金属器・文字の使用、という人類の大まかな進化過程を押さえましょう。

〇古代オリエント
オリエントとは一般にエジプトから西アジアまでの一帯をさします。
ここでは政治史よりも文化史が大切です。エジプト文明とメソポタミア文明を中心に現在に連なる重要な文化、例えば太陽暦、太陰暦、アルファベット、一神教などが誕生しました。どの民族がどういう文化を生みどのような影響を後世に与えたかを押さえましょう。

〇古代ギリシャ・ローマ
政治史では、オリエントの文化を受けてエーゲ文明が発展⇒ギリシャの都市国家ポリスの発展と衰退⇒アレクサンドロス大王によるギリシャとオリエントの統一⇒ヘレニズム諸国の分立⇒ローマによる地中海世界の統一⇒ローマ帝国の東西分裂、という流れをまず押さえましょう。

文化史では、ギリシャ文化とキリスト教という後のヨーロッパ世界の思想を形成する二大思潮が生まれました。前者は人間を尊び後者は神を絶対視するものです。この対比を押さえましょう。
「先史、古代オリエント、古代ギリシャ・ローマ」について学ぶ

(2)中世ヨーロッパ

西ローマ帝国の崩壊と相前後してゲルマン人が西欧へ進出し部族単位で国を建てます。
またキリスト教はローマ帝国末期にアタナシウス派という宗派が正統とされました。これがカトリック教です。

西欧の中世社会はこのカトリック教の権威と封建制の二本柱で成り立っていました。
封建制とは荘園領主が農民を農奴として隷属的に支配しつつ(荘園制)、領主間で主従関係が結ばれる仕組みをいいます。

中世ヨーロッパは、大きく十字軍(11末~13世紀)の前後で分けられます。

十字軍以前は、カトリック教の権威と封建制の発展・確立期です。民族大移動による社会の混乱が封建制の成立を促します。封建領主は社会の多数を占めるカトリック信者の支持を得ようとカトリック教の最大の権威ローマ教皇に接近します。こうしてカトリックの権威が高まり、十字軍の頃に絶頂期となります。

十字軍以後は、逆にカトリック教の権威と封建制が衰退します。十字軍の失敗で、提唱者であるローマ教皇の権威が失墜しました。また諸侯は疲弊し、逆に王権が増して国内統一が進み絶対王政へとつながります。またこの頃発展した東方貿易は大航海時代へつながり、イスラム文化の流入はルネサンスにつながります。
「中世ヨーロッパ」について学ぶ

(3)中東・イスラムとインド

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〇中東・イスラム

ヘレニズム諸国の一つセレウコス朝シリアからパルティアが独立⇒ササン朝ペルシャの成立⇒ローマ帝国との抗争⇒紛争地帯を避けるための紅海・アラビア海ルートが発展⇒紅海沿岸のメッカ、メディナの発展⇒アラブ・イスラム教団国家の台頭、という流れをまず押さえましょう。

イスラム世界は当初アラブ民族が主導していましたが内紛と退廃により衰え、その後イラン系王朝が自立してアラブを脅かします。彼らは軍事的能力に長けたトルコ人を軍人奴隷として購入し戦闘を担わせていました。
しかしトルコ系軍人奴隷はやがて主人のイラン系民族に反旗を翻し、逆に政治的優位に立ちイラン系民族を官僚として雇いました。主従逆転です。以後、オスマン朝などのトルコ系王朝がイスラム世界の政治を主導します。

文化的には、キリスト教で統一された中世ヨーロッパに代わって古代ギリシャ・ローマの文化を保存発展させてヨーロッパに輸出しルネサンスのきっかけを作りました。この歴史的役割を押さえましょう。

〇インド
インダス文明の後、アーリア人の侵入から本格的にインド史が始まります。
主な王朝はマウルヤ朝、クシャン朝、グプタ朝、ヴァルダナ朝、ムガール朝ですが、インドは基本的に分裂国家で、ほとんど統一されたことはありません。

インドの歴史では宗教も重要です。カースト制とバラモン教の成立⇒バラモン教の形骸化⇒ウパニシャッド哲学の成立⇒ゴーダマ・シッダールタの悟り(仏教の成立)⇒アショーカ王とカニシカ王の仏教保護と仏典結集⇒大乗仏教と上座部仏教の分裂、仏像の成立(ガンダーラ美術、グプタ美術)⇒ヒンズー教の成立・発展と仏教の衰退⇒イスラム教の流入⇒ヒンズー教とイスラム教の対立、という流れを押さえましょう。
「中東・イスラムとインド」について学ぶ

(4)中国

黄河文明を経て最初の王朝、殷(商)が成立します(記録上夏が最初とされますが実在不明です)。

殷から清までの王朝時代は大きく三つに分けられます。

〇殷 / 周
まず殷、周は都市国家の連合体で両者はその連合体の盟主にすぎず、また王号が使用されていました(都市国家の時代)。

春秋・戦国時代に都市国家は解消され領土的支配が進みます。

〇秦 / 漢 / 魏・晋・南北朝 / 隋 / 唐
そして秦の時代から本格的な統一支配が行われ、皇帝の称号が使用されます。ただ漢の時代以降豪族が中央政界に進出してしだいに高級官僚を独占・世襲して貴族化します。これら貴族により皇帝権が制約されることもありました(貴族政の時代)。

〇宋 / 元 / 明 / 清
しかし唐末期の混乱で貴族は衰退します。宋の時代以降は科挙制(官吏登用試験)が強化され、皇帝が官僚の人事権を持つことになりました。これにより皇帝専制支配が確立しました(皇帝専制の時代)。
「中国」について学ぶ

近現代

(1)ルネサンス・宗教改革・大航海時代

〇ルネサンス
ルネサンスとは14世紀頃イタリアから始まった古代ギリシャ・ローマ文化の復興運動です。古代ギリシャ・ローマ文化の流入で、人間を尊重する文化思想、ヒューマニズムが広まり神の権威しか認めない中世の世界観に風穴が開きました。
また合理主義が芽生え、神学的な宇宙観にとらわれず実験と観察によって自然をとらえようという風潮が高まります。合理主義の精神はのちの科学技術と近代思想の発展につながります。
このようにルネサンスは近代への道筋を開きました。

〇宗教改革
十字軍の失敗とヒューマニズムの影響でカトリック教の権威が低下しキリスト教の聖典「聖書」の翻訳、研究が行われると、贖宥状を販売する教会への批判が高まりドイツやスイスで宗教改革が始まりました。
ルターは聖書のみが信仰の唯一の拠り所として教皇の権威を否定し、カルヴァンは金銭を侮蔑するカトリックの教えに反し禁欲的な勤労にもとづく富の蓄積を肯定しました。カルヴァンの説は商工業者に支持され現代の資本主義の形成に影響を与えました。

これら新教徒(プロテスタント)がカトリックと宗教戦争を繰り広げます。これにより中世以来のカトリック教の権威を背景にした西欧の統一性は完全に崩れました。
これ以後、西欧の秩序は国家どうしの条約により築かれることになります(主権国家体制)。

〇大航海時代
十字軍以後、北イタリア諸都市を中心に東方貿易が発展し香辛料や宝石などの奢侈品がもたらされると、東方へのあこがれが高まり東方への直接ルートの開発が進みました。
まず15世紀にポルトガルがアフリカ西岸に進出したのを機にインド航路を開拓しました。さらにモルッカ諸島やマカオに植民地を築きました。ついでスペインが西回り航路の開拓を試みなす。その途中アメリカ大陸に到達して中南米に植民地を築きました。
さらにオランダ、イギリス、フランスが続いて北米に植民地を築き、またアジアへ進出しました。

こうして世界がヨーロッパとつながり本格的な「世界史」が始まるのです。
「ルネサンス・宗教改革・大航海時代」について学ぶ

(2)絶対主義

西欧では14世紀頃から貴族が衰退し国王による国家統一が進められました。没落した貴族は官僚あるいは常備軍(国王直轄軍)の傭兵として国王に雇われました。
こうして絶対主義といわれる国王専制体制ができあがりました。

まずイスラム教徒との戦争で成立したスペインで始まり、16世紀のテューダ朝イギリス(英)、17世紀ブルボン朝フランス(仏)で成立しました。
ドイツでは、英仏とは逆に皇帝の権力が弱体化したため、貴族の領地内で統一が進み独立小国家(領邦国家)の分立状態となりました。その中でもプロイセン(普)とオーストリア(墺)が強力で18世紀に絶対主義となりました。
またロシア(露)では15世紀以来モスクワ大公が部族国家を統合し、17世紀に成立したロマノフ朝の下で西欧化が進みました。18世紀には絶対主義となりヨーロッパの強国となりました。
東ヨーロッパは普墺露(とオスマントルコ)で分割されました。
「絶対主義」について学ぶ

(3)市民革命と産業革命

〇イギリス革命
絶対主義はやがて国王の圧政と受け止められ反乱を引き起こします。
まずイギリスで議会が反乱を起こし国王派に勝利しました。勝因は商工業の発展で力をつけた一般の商工業者や富裕農民などの有産市民の支持を得たことです。以後は議会が政治を主導します(イギリス革命)。
しかし、この時の議会は貴族と特権商人で占められ市民に選挙権がなかったので厳密には市民革命とはいえませんでした。

〇産業革命
18世紀半ばイギリスでは資本の蓄積と技術革新により工場制機械工業という新たな生産様式が確立します。安価で良質な製品の大量生産で有産市民は産業資本家として富を蓄積し社会での影響力を増していきます。その力を背景に19世紀に選挙権を獲得しました。
こうしてイギリスでは少しずつ市民社会が作られていくのです。

そして生産手段を有する資本家が経済・社会をリードする資本主義社会が完成しました。

〇アメリカ独立革命とフランス革命
むしろ本格的な市民革命はイギリスの北米植民地で起きました。そこには貴族がいなかったので独立後のアメリカでは市民自ら国を建てなければいけなかったのです。

ヨーロッパでの本格的な市民革命はフランスで起こりました。しかし市民間の党派対立で社会は混乱し、さらに諸外国の干渉で革命は危機に陥ります。この危機を治めたのがナポレオンです。ナポレオン率いるフランス国民義勇軍は傭兵で組織された諸外国軍を圧倒し一時ヨーロッパ大陸全土を支配下におきます。
「市民革命と産業革命」について学ぶ

(4)国民国家と列強の世界進出・第一次世界大戦

〇国民国家
ナポレオンは最終的に敗れますが、彼の広めた自由・平等という革命の理念はヨーロッパに自由主義運動をもたらし西欧各国で議会制民主主義と国民主権が成立します。一方ナポレオンへの抵抗は国民主義運動を引き起こし、分裂状態のイタリアとドイツで国家統一が実現しました。このような国民主権をうたう国あるいは単一民族を掲げる国を国民国家といいます。
この影響を受け、東欧では民族独立運動が起こりました。
西欧の変遷

〇列強の世界進出・第一次世界大戦
列強はさらなる富を求めて世界各地を植民地化します。これに対し各地の人々は抵抗を試みますが、いずれも専制国家で列強のような国民国家ではなかったため団結することが困難でした。これでは市民革命・産業革命を経て国力の充実した列強にかなうわけがありません。また改革も試みますが特権階級の抵抗や内紛などで、日本を除きいずれも失敗しました。

地球は有限ですので植民地獲得競争はいずれ飽和します。さらに富を得ようとすれば他国から奪うしかありません。植民地を多く持つ国は当然それを警戒します。こうして起きたのが第一次大戦です。これは躍進する後進国ドイツを先進国イギリスがつぶしにかかった戦争といえます。
アメリカの支援を受けたイギリスが勝利し、ドイツは海外植民地を失い多額の賠償金を課せられました。

また大戦中にロシアで社会主義革命がおこり史上初の社会主義国家ソビエト連邦が成立しました。
「国民国家と列強の世界進出・第一次世界大戦」について学ぶ

(5)第二次世界大戦と現代の世界

第一次大戦の惨禍を反省して国際連盟が誕生しました。
また民族自決の原則にもとづき東欧諸民族が独立しました。しかしこの原則は他地域では適用されなかったためアジアの中心に民族運動が高まりました。

大戦後、好景気を享受していたアメリカ(米)に大恐慌が押し寄せました。各国は通貨切下げ・高関税を設け自国とその植民地の市場を閉ざしました。
しかし植民地を持たないドイツ(独)は苦しみます。その社会不安の中でヒトラーのナチス党が国民の支持を集め一党独裁体制をしきました。そしてポーランドに侵攻したことを機にイギリス・フランス(英・仏)が独に宣戦を布告して第二次大戦が始まりました。
米、ソ連、中国などが英・仏側に加わり(連合国)、イタリアと日本などが独側に加わりました(枢軸国)。
結果は、連合国が勝利しました。

戦後、連合国によって国際連合が成立しました。

しかし世界は米を中心とする自由主義陣営とソ連を中心とする共産主義陣営に二分されます(東西冷戦)。自由主義諸国は自由競争と技術革新により経済成長しますが、共産主義諸国は非効率な生産で経済が停滞しました。その結果、1989年に東欧の共産主義国が民主化し、さらに1991年にソ連が解体されて共産主義陣営は崩壊しました。

その後米の一極集中がしばらく続きましたが、昨今は米と中国の覇権争いの様相を呈しています。
「第二次世界大戦と現代の世界」について学ぶ

世界史は覚えることが多いですが、脈絡を考えずに年号や歴史用語を丸暗記しても記憶は定着しません。記憶できても論述問題には対応できません。
それよりはまず歴史の流れ・ストーリーを覚えるべきです。それだけでもある程度の年号や用語を記憶できます。ストーリーを骨組みにして後から細かい年号や用語をそこに肉付けするような感じで学ぶとよいでしょう。
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